月夜見
“皐月晴れ” 〜大川の向こう より
  

温かな冬だったのでこれは桜も早かろと、
思わせといて寒かった弥生。
それでもラストスパートが効いたか、結果としては早めの開花。
そのままぬくぬくし続けた春は、
勢いづいての真夏日近くまで昼間の気温を上げてゆき、
ちょっと待ってよ、
それじゃあスプリングコートや春のジャケットの立場がないじゃあないのよと。
流行の廉価ショップでせっかく揃えたアイテムが、
陽の眸を見ないんじゃあ困るんですけどという、
乙女らの憤懣が届いたか。
今度は急転直下の寒い春。
北の国では雪まで舞った気の入れようで、
季節を戻した…何とも落ち着きのない春だったけれど。

 「わあ〜い♪」

GWも間近となれば、
次に訪のう月が冠する名前に合わせ、
皐月晴れという、そりゃあ爽やかないいお天気の日々が訪れる。
まだちょっと、
真夏に比べりゃ霞のかかったような色合いの空ではあるが、
それでも明るい青空を背景にして。
吹き流しを筆頭に、大きな鯉の揃い踏み。
黒に赤、青、少しずつ大きさの違うのが、
天空の風を呑み、ひらひら勇壮に泳ぐのは、
毎年観てるのに それでも不思議と感じ入るもんで。
うわぁ〜っと何とも言えぬ声上げて、
見るからに感動しまくり、
嬉しい嬉しいというお顔になってくれたりした日にゃ。
竿を立てての上まで引き揚げるのは、
これでなかなかの重労働でも、
何のこれしきと、こちらも毎年張り切ってしまうお父さんだったりし。
こちらのご家庭のこいのぼりは、息子の数だけ青い鯉が二つあり、

 『なあなあ、俺のこいのぼり、もっと大きいのがいい。』
 『何言ってんだ。まだまだチビのくせしてよ。』

兄との年の差の関係と、
そりゃあ愛くるしい坊やだったので
それに合わせたと言ってた父上の見立て。
下の坊やを表す方の鯉は、
ちょっぴり寸が短くて、青の発色も明るい色合いのそれなので。
いかにもお子様っぽいからと、
揚げる前には いつしか駄々をこねもするよになって。

 『だって俺、もうガッコにも行ってんぞ?』

だからもう小さいのはヤダと言いたかったらしいのに、

 『そうなんだよなぁ、早いもんだ。』

しみじみしてしまったお父さん、
ついつい仏壇の方を見やると、
早くに亡くなった母上、彼には妻の写真を眺めやり、

 『大きくなって、どこぞの馬の骨のところへ嫁に行って。
  そうやって父ちゃんを独りにすんだよなぁ。』

また始まったよとエースが苦笑をし、
お世話に来ていたマキノがあらあらと困ったようにやはり微笑って。
そしてそして、

 『何で俺が嫁に行くんだっ。』

ぷんぷんと怒りまくったその末に、
シャンクスの馬鹿たれと、
晩酌でちょっぴり酔ってる父上をえいと蹴飛ばして。
それでようよう誤魔化されての、
毎年 幕となっている、恒例の前夜祭だったりし。

 「ふやぁ〜〜〜。////////

そういうすったもんだの末に、
それでもGWの声を聞くとすぐにも揚げられるのが、
ルフィの家のこいのぼり。
今じゃ、ここんチのが上がってから
“ああもうそんな時期だったねぇ”と、
よそのお家も揚げるという順番になってる、
この中洲の風物詩でもあるらしく。
大川からの川風も、そりゃあ涼やかに吹き抜ける庭先で、
サンダルばきにTシャツと短パンという、何とも砕けた格好で。
竿の間際まで出て来ての ぽかんと口開け、
真上のお空をばかり見上げていた小さな坊やだったのへ、

 「…ルフィ。」
 「なん、ら? ふにゃ?」

何だと応じかけたところへ、お口へと放り込まれたのは、
イチゴの味のドロップだ。

 「にゃに ふんだよ、ろろ。」
 「おお、咳込まなんだか。偉い偉い。」

喉を詰めるからよい子は真似しちゃダメだからね。
ちなみにルフィくんが咳込まなかったのは、

 「吐き出すの、勿体ないじゃん。」

だったそうです。
(苦笑)
食べ物への執着はさすがだが、

 「何でこういう意地悪すっかな、ゾロは。」

一丁前にむむうと目許を眇めるルフィへ。
祭日とはいえ、朝も早よからおいでの幼なじみさん、
日頃は、ぶっきらぼうながら、
それでも優しく構ってくれる筈なのに。
今日はのっけからの このご挨拶と来て、
こんなんありかよと、王子様はご立腹な模様だが、

 「朝っぱらからこいのぼりとお揃いになってる方が悪い。」
 「うにゃ?」

ぽか〜んっと大口開けて突っ立っていたのがまずは見えたので、
なんてまあ無防備なんだかと、呆れてしまったゾロだったらしい。
何しろ彼は、この中洲の集落に限らずの、
全国区でも名高い道場で、日々鍛えている筋金入りの猛者であり。

 「そんな隙だらけじゃあな。
  もっと手ひどい目に遭ったっても知らねぇぞ。」
 「誰が何すんだ、人の口へ。」

むむうとますますのこと膨らませた頬が、
何とも柔らかそうなので、

 “…………………うあ、なんて顔しやがるかな。/////

ちくしょ、何もせんでもダメージ与えるなんて、
それって一番 狡くね?と。
いきなり寝床へ山かがしが降って来ても動じなかった剛の者が、
ほんのりと耳の先を赤くしてるのを傍目に見やり、

 “判りやすいったらないわよねvv”

こちらは ここのマキノさんから粽
(チマキ)の作り方を教わりに、
一緒に来たらしき彼の姉、くいながこっそり くすすと微笑う。
無愛想で朴念仁で、剣にしか関心がなさそうな、
まだやっと十かそこらだってのに、淡白極まりない小学生。
それがそれが、この小さな暴君にかかっては、
あっと言う間に年相応の、
含羞みだとか戸惑いだとかに、
胸倉掴まれ、赤くなったり青くなったり。

 「……何だよ。」
 「なぁんでもない。」

こちらの視線に気がついたものか、
むうと睨みつける弟へ、誤魔化し半分の苦笑を向けてから、

 「そうよね。
  どうしてだか、上を向くと口が開いちゃうのよね。」

目薬さす時とか、目許のお化粧する時とかねと、
ルフィの方へ相槌打って見せたお姉様。

 「きっとその方が素直な反応だってのにねぇ?」
 「そうだそうだ。」

さっきから何見てやがるかと顔を上げつつも、
誹謗しただけはあってか、
そちらさんは全く口が開かないゾロへ向け、
そんなの訝
(おか)しいと口をそろえる二人であったが、

 “…何 言ってやがるかな。”

そもそも、今のルフィよりもっとずっと小さかったゾロへ、
ぽかんと口開いてるなんて隙だらけな証拠だと言ったのも、
そのたびに酸っぱい梅干しを放り込む悪戯を続けたのも、
澄ましたお顔で“呆れちゃうぅ”なんて言ってる、
くいなお姉様だったりするのによと。
それこそ呆れ半分、
その内心で はぁあと溜息ついてしまっている、
小さな剣豪殿であったそうな。







  〜どさくさ・どっとはらい〜 09.4.30.


  *あああ、うかーっとしているうちにGWじゃあないですか。
   しかもしかも、ルフィの誕生日が迫っているのに、
   丸きりの全然、気がついてなかった迂闊ぶり。
   今年はさすがに、お部屋まで作るのは無理かも知れません。
(うう")
   お誕生日話、もしかして1つしか書けなくても許してくださいね?

  *拍手お礼に掲げた大元のお話はこっち。


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